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雑記帳(ブログ) - 最新エントリー

知識と技術は何のため?

カテゴリ : 
カメラ・写真関連
執筆 : 
カカオ 2014-6-27 4:07
実は今日、知人から「阿部さんって写真教室とかやってませんか?」という相談を頂いた。
定期的な教室は開いていないけど、スポットでレクチャーするような機会はあるので、もちろんできなくはないのだけど、その知人は列記としたフォトグラファーで、アマチュアながらに素敵な作品を撮られる方。
そんな方がなぜ突然???と思い話を聞いてみると、どうやら撮影先でオジサンカメラマンに「そんな撮り方じゃレンズが活きない」「カメラの事何にも知らない子だな。そんなんじゃダメだ」というようなダメ出しを受けたとの事。

実際よくいます。私でもそういうこと言われる事がたまにありますから(笑)
大体「カメラ談義」が終わったなって所で名刺を渡して、さぁ「写真談義」しましょ、となると去って行かれてしまうのですが、、、
何故か「技術」や「知識」の話から、特に機材のそれらから話しに入られる方って、立場や肩書に弱い方が多いみたいですね^_^;
カメラ談義より写真談義したいのになぁ(笑)

で、実際にフォトグラファーとしての良し悪しは知識や技術に比例しないんですよね。
私も仕事柄、フォトマスター1級なんて資格を取っていますが、それは単にクライアントに安心してもらうための指標になると思って取得しただけで、じゃあその資格を持っていたから良い写真が撮れるのかと言われたらNOですね。これは知識だけの検定なんで。
あれ?自分の首絞めてるかな?(笑)

私見ですが知識なんてのは素材を活かすためのスパイス、私はそう考えています。
スパイスも大切ですが、何より「素材を見る目」が一番。スパイスの使い方は後から付いてくる。ってのが私の感覚です。
良い素材さえ見つければ、それを見つめる眼差しさえ間違っていなければ、スパイスはなくても何とかなります。例えばお刺身みたいに。ただただ良い素材を丁寧に調理する。それができれば最高の逸品になり得るわけですから。
もちろんプロならスパイスの使い方も知らなくてはいけませんが、アマチュアなら「最高の刺身」が作れるならそれだけでも全く問題無いと思います。スパイスで誤魔化した料理しか作れないよりは100倍。

それに、やりたい表現の仕方のために必要な知識や機材を揃えるのが本来で、知識先行の写真は教科書的で面白味にかけてしまいます。
知識から入ってしまうと「写真を撮ることが目的」になってしまいがちなんですよね。これではつまらない。料理だって作るのが目的ではなく、食べてもらうのが目的のはず。写真も同じで作る(撮る)事を目的にするとズレてくるんですよね。
例えば、お母さんが知識なんてそこそこだけど、家族に「食べて欲しい」と思って作った料理と、どこの誰か分からないけど、とにかく知識の豊富な人が「凄いだろ!」って作った料理、どちらが食べたいですか?って話なんですが、私なら前者が良いですね。特に何度も食べるなら。後者は興味はあるかも知れませんが毎日食べたいとは思わないでしょう。
フォトグラファーならパッと見て「凄いね」って言われる写真より、部屋にか飾って「毎日眺めたい」って思われる写真を撮りたいじゃないですか。

ただ、知識がないと教科書的になっている事に気付けない時もあるし、教科書的な写真から抜け出すために知識が必要になる事もある。
だからあくまで両輪で、知識や技術を身に着ける事も大切なんですが、先にも書いたようにそれらを使うことが目的になってしまうと宜しくないわけで。
偏見ですが写真クラブとかに長く籍を置いておられる方はこの罠にハマり易い気がしています。ある程度写真知識を持った仲間内での作品の見せ合いが多くなるのも原因の一端かも知れません。
私は、写真の知識が豊富な人や、写真家の方に評価されるのも嬉しいのですが、それと同等以上に写真の事を全く知らない人に評価されるのが嬉しいです。
それは知識の無い人の方がより素直に「作品として」評価してくれると思うからです。

また、私は一部の写真趣味の人や著名写真家に評価してもらいたくて写真を撮っているわけではなく、私の撮った写真で何かを感じてもらったり、その時の空気や視点を共感してもらえたり、そうした事をより多くの方に感じてもらいたいから撮っているし、それが本来だと思っているので、例えばコンテストや公募展で入賞するのは著名写真家などに評価されたと言う喜びはあります。でも私の中でその人の評価はあくまで1票、作品展などに散歩がてら来て頂いた特に写真の知識がない方に評価して頂いたのも、著名写真家の評価と同じく1票、そんな感じなのです。

もちろん、同じ趣味の仲間内で見せ合うのが楽しい、機材や技術の知識を学んで披露するのが楽しい、それも写真の楽しみ方の一つなので全く問題は無いのですが、他の人もそうだと思い込んでしまうと、冒頭のようなすれ違いが起きるわけですね。
これは自戒としてですが、その人の技術や知識を見るより、作品を見られる人間でありたいと思います。
難しいですけどね。技術的なアラを探す方が簡単なんで。
私もフォトコンテストを主催して審査員もしていた時期がありましたが、正直全ての作品に対してそのように見られたかと言うと、そうではないと思いますから^_^;
極力「この写真は構図が甘いからダメだ」ではなく「こういう事を表現したかったのだろうから、その為にはこういう構図を選択するのが良いと思う」という立場ではいるように心がけてはいましたが。

まぁ先ずは難しい事を考えずに、感じましょ、撮りましょ、そして楽しみましょって事で。
あんまり変に「写真道」みたいなのに捉われちゃうとね^_^;
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私の好きなフォトグラファーの一人にユージン・スミスと言う人がいる。
戦争写真家としての顔もあるが、1946年に発表された「楽園へのあゆみ The Walk to Paradise Garden」が最も好きな作品だ。
そのユージン・スミスの残した言葉に、

「写真をよくするためならトリミングを行う。世界は35mmカメラのフォーマットに都合良く合うようにできている訳ではない」

という言葉がある。私の大好きな言葉だ。

作品を少しでも良くする余地があるのなら手段は問わないと言うプロ意識の表れでもあると思うし、私は「写真は真実を伝えない。伝えるのは写真家の仕事だ」という信念を持っているが、真実を伝えるためにトリミングが必要であるとするなら、それをしないのは写真家としての怠慢だとも思うから。
さらにこの言葉はスミスの世界(真理)に対する敬意と、自分(と言うか写真)の限界に対する造詣に満ちていると思う。

それに、そもそも「写真を撮る」というのは「現実世界のトリミング」に他ならないと私は解釈している。
そもそもがトリミングしているのに、それをトリミングする事の善し悪しなど語っているのは滑稽に思えてしまう。
ただ、自戒の意として「トリミングを必要としないフレーミング技術の追求」をするのは悪くないと思う。それが理想ではあるが、だからと言って現実的にトリミングもせずに作品を出すのは怠慢以外の何物でもないとも思う。
「自分が楽しみたい」のならノートリミング、ノンレタッチも結構だが、「人を楽しませたい」とか「人に何かを伝えたい」のなら、出来る事をしないのは怠慢以外の何物でもない。
つまり「視点の違い」と言う事なんだけど。

これはもちろん私の考え方で、トリミングやレタッチをしないと言う事で自分の作品を追求している人を否定する気はない。
と言うより、そういうこだわりを持っている人は大好きだ。
それを全てと思いこんで他人に要求する人は好きになれないけど( ̄▽ ̄;)

まぁ、表現は自由が身上であって、トリミングするもしないも自由と言う事で(笑)
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ファビコン変更

カテゴリ : 
雑記・その他
執筆 : 
カカオ 2013-3-7 2:09
今までデフォルトのままだったこのサイトのファビコンですが、ようやく変更しました。
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GR10購入!

カテゴリ : 
カメラ・写真関連
執筆 : 
カカオ 2013-3-7 1:51
今日、キタムラにプリントを受け取りに行った時に店内をプラプラしていると、GR10を発見!
あのGRシリーズの廉価モデルで、GRレンズの画質をプライベーターにも提供してくれたカメラです。
まぁ、購入と言っても見つけたのはジャンク品の500円のもの。
撮影はできないけど、フィルムカメラのコンパクトカメラのフォルムが懐かしくて、ついつい手に取ってしまいました。棚にでも飾っておこう(笑)
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最近、柿の剪定作業をやっています。
自分の仕事もあるので半日程度ですが、昨年豊作過ぎて芽がなくかなり苦労しています。
体よりも頭が付かれるんだよなぁ^_^;

オリンピックからレスリングが無くなる可能性が出てきてしまいましたね。
えらく唐突な印象がありますが、どうも現在のIOCが西欧諸国の人が中心で、その地域でレスリングが盛んでないのも一因だとか、、、
真偽の程は分かりませんが、納得できるデータ(他の競技と比べた地域別の競技人口など)が公表されない限りはチョット納得しがたいものがありますよね。
少し前に日本ではテコンドーの協会の問題などがありましたが、何故かスポーツ系の協会はスポーツマンシップにかける印象があるのは私だけでしょうか、、、
いや、もちろん殆どの協会・団体はそうではないと思うのですが、スポーツの協会だからこそフェアに、公明正大にやてもらいたいと思いますね。

話は変わりますが、iPS細胞の臨床試験が承認されましたね!
がん化リスクの少ない加齢黄斑変性からという事のようですが、上手くいけば本当に夢の再生医療がスタートする事になります。
最近こうした夢のあるニュースが少ないですからね。上手く行って欲しいなぁ。
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斯く在りたい

カテゴリ : 
雑記・その他
執筆 : 
カカオ 2013-2-11 3:52

最近、、、と言ってもかなり前からですが、今更ながらに「水曜どうでしょう」というTV番組にはまっています。
HTB(北海道テレビ放送株式会社)制作のローカル番組で、大泉洋と所属事務所「クリエイティブオフィスCUE」の社長(現会長)兼タレントの鈴井貴之がディレクターの藤村氏と嬉野氏と共に旅などをしながら様々な企画をやっていくバラエティ番組なのですが、実は既にレギュラー放送は終わっていて、数年に1回の頻度で「復活」と称して数週間放送する程度。直近は2011年でした。

基本的に旅に出ても観光地を巡るなどよりも、美味しいものを紹介するなどよりも無茶なスケジュールの「移動」が主という変な番組で、ただただ出演者やディレクター陣がやられて行く様を楽しむという、本当に下らない番組なのですがそれがまたたまらない。
そしてまたこの番組の変な所が、ディレクター陣(特に藤村D)がタレント以上に喋り倒しているという所。カメラにも一応写らないようにはしているんですが、普通に見きれてきますし^_^;

と、まぁ一般的に考えるとありえないし、やっている内容も本当にどうでも良いような事ばかりなのですが、これが本当に面白くて、深夜番組にもかかわらず18%以上の視聴率を記録した事があるとか、レギュラー放送が終了したは2002年と10年以上前なのに未だに根強いファンが多くて、新しいグッズや再編集のDVDが発売され続けているとか、そういう意味でもありえないような番組なんですね。

で、何をいきなりフォトサイトでそんな番組を引き合いに出したのかというと、自分の作品も斯く在りたいなぁという想いからです。
多くの予算を使って、確立された手法で視聴率を稼ぐメジャーTV局の番組制作ではなく、「そんなの在り得ない」と言われても、王道でなくても一見下らなくても、「何か分からないけど良いよね」と言われる作品を創って行きたいなと思うわけです。
まぁ、それが一番難しい事ではあるのですが( ̄▽ ̄;)

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日テレ系で2013年2月9日放送の「世界一受けたい授業」「ニッポン検定!間違えると恥ずかしい常識」という内容で放送しており、その中で「知らないと恥ずかしいしきたり問題」という坂東 眞理子氏が担当するコーナーがありました。
その中に「こどもの日、お風呂に菖蒲を入れるのはなぜ?」という問題があったのですが、「A.まっすぐな子になるように。B.勝負に勝つように。」という選択肢の「A.まっすぐな子になるように。」の背景に何と花菖蒲の画像が!!!
まぁこの手のTV番組なんて初めからその程度にしか見ていませんが、あれだけ多くの人間が係わっていて菖蒲湯の「菖蒲」がアヤメ科の「花菖蒲」ではなく、サトイモ科の「菖蒲」であることに気付かない何てありえるのかとビックリしてしまいました。
しかも「間違えると恥ずかしい」なんて挑戦的なタイトル付けてしまっているから余計にというか「知らなくて恥ずかしいのはそっちだろ!」と、日テレにも放送後に余程ツッコミが入ったのでしょうね。バックナンバーの該当問題だけ画像が載っていないです(笑)

坂東 眞理子氏が使用画像までチェックしていたかは分かりませんし細かい事かも知れませんが、少なくともこうした番組に関わるスタッフならその程度の事には気が付いて欲しかったなぁ^_^;

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カメラ見本市

カテゴリ : 
カメラ・写真関連
執筆 : 
カカオ 2013-2-8 16:36
今年に入ってInternational CES、そして先日閉幕したCP+2013と立て続けにイベントがありましたが、イマイチ目玉になるような発表などはありませんでしたね。
まぁ今年は昨年の秋にフォトキナがありましたから、そちらで目玉となる発表は粗方済まされてしまったというのもあるでしょうが、それにしても「どこか一つのメーカーくらいでは」と思っていただけに残念でした。
個人的にはEOS 7D Mark IIあたりの発表が来るかなと思っていたのですが、International CESで「7D後継機は遠くない」というようなメーカーサイドの言及があったのみ。
「遠くない」って表現は微妙ですが、早目に予想すれば夏前に発表でイベント、行楽シーズン前の秋口発売、遅めなら年内発表くらいという感じでしょうか。流石に年明けての発表で「遠くない」という表現は使わないでしょう。某首相のようになってしまいますから(笑)
もう一つ、発言というみで注目はE-P3の後継機、E-P4になるのかE-P5になるのか分かりませんが、これが年内に発売予定で開発されているとの事。
デジPENシリーズは私も初代機のE-P1を使っていますが、とても使い勝手の良いシリーズなので後継機には常に期待しています。しかし早くも4弾目ですか。好調のシリーズとは言えテンポが速いですね。
大きなイベントも終わり、来年はフォトキナも無い年ですからしばらくは静かな時が流れそうですが、この辺りの注目製品の発表を心待ちにしたいです。
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体罰問題

カテゴリ : 
雑記・その他
執筆 : 
カカオ 2013-2-8 2:37
最近巷では体罰問題で持ちきりです。
中学生時代に柔道をやっていた自分としては女子柔道の話題も気になるし、近隣の学校でも大きな問題になっていて、他人ごとでは無い感じです。

柔道に関して言えば、私の部活の顧問の先生は殴ったりと言う事はありませんでしたが、今ほど柔道がスポーツ化しておらず、武道の毛色が強かった(特に末端レベルでは)という事もあって、厳しい(要するにすぐに手が出る)先生も多かったのを覚えています。
まぁ柔道は空手やボクシングのように、あからさまに殴ったりということはありませんが、そもそもが相手に対してダメージを与えるための武術がもとであり、柔道の前身の柔術には当身もありますし、投げ技と言うのは本来非常に致命傷を負わせやすい技ですし、何より締め技なんて、、、
そういう環境の中ですから、ある程度は体に叩き込まれると言うのも無いとは言えません。

そして体罰を行ったとして問題になっている先生が、問題とした人以外からはとても好かれていたり信頼を置かれていたりする事が往々にしてあると言う事。
自分もすぐに手を上げるけど、筋が通っていてカラッとした正確で好きな先生がいたし、逆に手はあげないけどネチネチと陰湿で嫌味で大嫌いな先生もいた。

体罰が良いとは言いません。しかし、何を体罰として何をしないのか。逆に言えば、体罰を行わなかったとしても精神的に追い詰めるのは良いのか。
そうした部分が余りにも置き忘れられている議論が続いている気がするのです。
程度問題はありますが、今回の件で自殺してしまった子は何に追い詰められたのでしょうか?
身体的な苦痛でしょうか?精神的な重圧でしょうか?それとも他の何かでしょうか?

受けた側にも身体的な痛みにより苦痛を感じる人もいれば、精神的なものにより苦痛を大きく感じる人もいます。その許容量も人それぞれ。
問題なのは、それらの個人差を見抜く能力と、個々に合わせた指導を行うスキルを持つ機会が指導者に与えられる場が少な過ぎると言う事ではないでしょうか。
これはスポーツに関してだけではなく、勉強や文化を指導する人間にも言えることだと思います。
心理学などまで含めたコーチングスキルの習得プログラムをより重視する。指導資格の必修にする。
そうした取り組みこそが、指導側も生徒側も幸せになれる唯一の方法ではないでしょうか。

そしてもう一つの大きな問題はマスコミの対応。
私はこれが一番厄介で、本質を見失わさせる原因だと思います。
何か一つのセンセーショナルな事件が起こると「他にも無いか」と嗅ぎまわり、普段では見向きもしなかった事案を大々的に取り上げて視聴率稼ぎや部数競争に明け暮れる。
確かに社会の問題を浮き彫りにし、広く知らしめることはジャーナリストの重要な使命でしょう。
しかし、少なくとも最近の報道などを見る限りでは必要以上に感情論に走り、視聴者や読者の感情を煽るような論調ばかりをがなり立てる。
TV番組などは特にそうで、コメンテーターにも知名度はあるのでしょうけど、とてもその問題に深くかかわってきたとは思えないような、いわゆる「物知り顔」した人間ばかりを使って騒ぎ立ててしまうので、どうにも「大変だ!それはいけないことだ!」という感覚だけを植え付けられてしまう。
そのコメンテーターがいけないと言う訳ではなく、そうした番組制作の方向性が問題だと思います。ニュートラルな立場で問題を直視しよう、させようという意図が感じらないものが多過ぎる気がします。
中にはそうした主観を重視して問題提起して行くものも必要だと思いますが、ニュース番組ですら余りに「結論ありき」の伝え方が目立ち過ぎると思います。

私は体罰には絶対に反対です。
しかし、そうした事を行った指導者を処罰したり、吊るし上げたりすれば問題は解決するのでしょうか?
航空機の事故調査では、絶対に個人の責任で片付けないという原則があるそうです。
過失は過失としてしっかりと調べますが、「何故それが起こったのか」が何より大切という事です。つまり、「どういう環境とシステムがその過失を引き起こす事を可能にしたのか」という事を徹底して追求し、「その個人の能力や特徴のせいである」と言う結論は許さないということでしょう。
例えば一人の整備士が、酒に酔った状態で整備を行いミスをしたとします。
一般的に見れば酒を飲んで勤務したその整備士の責任ですが、それを追求した所で再発は防げません。
大切なのは何故その整備士が酒を飲んだ状態で勤務するという異常な事態を許してしまったのかという仕組みの問題を解決することです。

今回の問題でも同じで、同じ成果を得るために体罰を含めた苦痛を与える事しか選択できないと言うのは、コーチングスキルの不足です。
例えばサッカーで、マンチェスターユナイテッドの監督が中学生を指導して全国レベルに導くのに体罰を必要とするでしょうか?推測にしかなりませんが多分必要無いでしょう。
問題は低いコーチングスキルしか持たない人間を指導者にしてしまわない環境作りであって、個人攻撃でそれが可能になるとは到底思えません。「指導者も育てなければならない」「育てられるべき人間だ」という点を忘れてはならないと思います。
そして資質的、状況的にどうしても体罰を行ってしまう人がいたとすれば、その人が指導者になってしまわないようにすること。
適性の無い人を指導者にしてしまわない、同じ人でも体調や家庭事情などでイライラした精神状態の時もあるわけですから、そのような精神状態の時に指導をしてしまわない、そうした環境作りにこそ目を向けるべきではないでしょうか。
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雑記・その他
執筆 : 
カカオ 2013-2-8 2:06
ブログ機能を実装しました。 しばらくはテスト運用です。
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