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メインコンテンツ テーマの見つけ方 (2014-7-5 2:21:34)
テーマの見つけ方 以前にこちら でもテーマについて書いていますが、「見つけ方」という観点で整理してみたいと思います。 写真教室に通ったり、雑誌などで添削されると、必ずと言って良いほど言われるのが「テーマを持って撮影しなさい」とか「テーマが不明瞭」といっ ...
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トップ  >  レビュー・コラム  >  写真四方山話  >  写真を撮るときの「テーマ」について考える
テーマ モチーフ サブジェクト ジャンル テーマ分解

良く「テーマを持って撮影しなさい」というのですが、この「テーマ(theme)」というのが中々やっかいでどうして良いのか分からない人も多いようです。
それは「テーマ」という言葉を漠然と受け止め過ぎているからというのもあると思います。そして勘違いや混同も。私自身もそうですが^_^;
そこで自分なりの考えなどを少し整理してみたいと思います。

◆ テーマとは?
まず「テーマ(theme)」はドイツ語が語源で、辞書で引くと「創作や議論の根本的意図・題目・中心課題など。主題。(大辞林より引用)」となります。
多くの方が漠然とそんな感じの意味で捉えられているのではないでしょうか。

しかしテーマと勘違いされるものに「モチーフ(motif)」があります。
これは語源がフランス語で、広い意味ではテーマと重なる意味もあるのですが、狭い意味では「対象物」とか写真で言うなら「被写体」のようなものとしても使われます。英語(語源はドイツ語?)でなら「サブジェクト(subject)」になると思いますがあまり使われませんし、それよりは少し広いニュアンスで「モチーフ」が使われているのかも知れません。
少なくとも日本ではテーマよりはやや具体的な対象を指す使われ方だと思います。

例えば「テーマは古都に生きる人です」などと言うとそれらしく聞こえるのですが、ここでいう「古都に生きる人」はモチーフであってテーマではありません。
テーマと言うのは「そのモチーフ(題材)を撮る(描く)ことによって何を表現したいのか」と言う事になるのだと思います。モチーフやサブジェクトがいくら変わっても共通するもの、それがテーマと言っても良いかも知れません。
「テーマは表現し伝えるもの、モチーフは記録する対象」というところでしょうか。

◆ テーマ、モチーフ、ジャンル
さらにフォトコンテストなどで「テーマ」と言われているのは多くの場合はモチーフであったりジャンルであったりします。少し広い意味でテーマという言葉を使っています。
例えば「風景写真」とか「ネイチャーフォト」というのはテーマやモチーフというよりもジャンルですし、「水のある風景」とか「紅葉」というのはモチーフですね。
私がフォトコンテストで審査をする場合、ジャンル的なテーマの場合は基本的に撮影技術などを基本に審査しますが、その人のテーマの持ち方なども見ます。
少し踏み込んだテーマや幅広い解釈ができるテーマなどの場合は「そのテーマをどう解釈してどうアプローチしたか」というような事を中心に見ます。
審査をしていて良く感じるのは、この「テーマ」と「モチーフ(サブジェクト)」、そして「ジャンル」を混同されている方が意外と多いという事。
フォトコンテストなどでその捉え方を間違えた、審査員の意図と違ったとしても大した問題にはなりませんが、もし作品制作の段階でまで混同しているとしたら大変です。
自分ではテーマを持って制作活動をしているつもりが単にそのジャンルの写真、特定のモチーフを撮り続けていただけで、深い理解や表現の機会を逸してしまっているとしたらそれはとても勿体ない事です。
事実私も写真を始めたばかりの頃は「テーマ」ということが良く分からず、そうした事に思いを寄せる余裕も無くて撮影技術や手法の追求だけに終始してしまっていました。

◆ 表現意図と表現手法
もう一つ勘違いと言うか混同しやすいのが創作意図的なテーマと自身に課した「課題」としてのテーマとの混同です。表現意図と表現手法の違いとでも言うのでしょうか。
例えば「漁村の人々の表情を50F1.4でモノクロで撮る」と言うような場合、言葉の使い方としてそれをテーマと言うのは間違いではないのかも知れませんが、「テーマを持って撮影しなさい」という言葉の「テーマ」がそれ「だけ」の意味になってしまうのは少し違います。
もしそうした作品ばかりを集めた写真展があったら面白そうで行きたいですが、「50F1.4でモノクロで撮る」と言うのは手法に過ぎません。
「なぜその手法を選んだのか」という意図が見えてこないとただの独りよがりで終わってしまいかねないので、撮影時からそれをハッキリとさせておくことは大切です。

◆ 大きなテーマ、小さなテーマ
そしてテーマには「大きなテーマ」と「小さなテーマ」とでも言えば良いのか、そうしたものがあります。
大きなテーマと言うのはその人の創作活動の根底に流れ根本となる基本概念のようなもので、写真家にとっては「何故写真を撮るのか?」と言うようなものです。
小さなテーマと言うのは例えばその作品シリーズや写真展、写真集などで伝えたい「主題」のようなものと考えれば分かりやすいでしょうか。
もちろん大きなテーマを常に自問自答して自分の中で具体的にして行くことはとても大切な事です。人にひけらかす必要は無いですしその時々で変わって行っても良いと思いますが、それが最初にできなければ写真集や写真展などで表現したいテーマが見つかっても深みを出すことができずに表面的な表現で終わる可能性があります。
自分が楽しむだけであれば単純に「楽しいから」とか「面白いから」でも良いと思いますが、何かを人に伝えたいとかそういう思いが欠片でもあるとしたら「自分が楽しいから撮った」だけの写真はそれ以上何も伝えてくれることは無いと考えた方が良いでしょう。

◆ 何故テーマを持つことが大切か
難しいのは写真(ビデオもそうですが)というのは「記録」の側面も持ち合わせた「表現」であるという部分でしょうか。
これは音楽家が自身の演奏などの「表現」を「記録」する目的のテープレコーダーだけで、楽器を使うでも歌うでもなく何かを表現しようとしているのに似ています。
写真というのは一番身近で手軽な芸術というか表現です。
が、そこにテーマが無い限り「記録」の域を出る事はありません。間口は広いですが奥の深さは他の表現と何ら変わらないと思っています。
逆にテーマさえハッキリと、そしてしっかり持っていれば機材や腕に関係なく魅力的な表現となる可能性があるという事だと思います。

写真で生計をたてる人の中でも技術力や情報量、設備や仕事量で仕事を得る「記録者タイプ」の人と、自己表現を追い求め、それを人に伝えることを主とする「表現者タイプ」の人、その中間的な人がいます。別の良い方をすれば記録者タイプは「プロフェッショナル型」、表現者タイプは「アーティスト型」という感じでしょうか。
これらは「仕事」ですからどれが良いとか悪いとかではなく、どれが自分に合っていて顧客のニーズにマッチしているかという事以外には意味がありません。
(※注 分かりやすいように敢えて分けましたが、実際の仕事では「記録者タイプ」でもテーマを持つことで違った切り口が見えてくる場合もありますし「表現者タイプ」でも技術が伴わなくて良いわけがありません。私の映像の仕事は大部分が前者の「記録者タイプ」と言う感じですが、だからといってテーマに対する姿勢がいいかげんで良いというわけでは無いです。バランスと言うか軸足をどちらに置くかと言うの問題ですね。)

しかし趣味で写真を撮っていくということであれば「自分がどこを目指すのか」を明確にしておかないと、せっかくの趣味が味わいの薄いものになってしまいます。
「記録を重ねる事による表現」というのも当然あるわけですから、自分に今何が必要なのか、機材なのか技術なのか情報なのか思想なのか、もちろん全てが高次元のバランスで揃うに越したことは無いわけですが、私が思うのは機材や技術そして情報はテーマ(思想や意図)が定まらないと揃えようが無いということです。
例えば町を散歩しながらスナップしたものでしか表現できないテーマなのに、コンパクトカメラではなく中判カメラなどを揃えてしまったら自分のしたいこととズレてしまう。
初対面の人とのコミュニケーションと言う技術が必要なのにカメラの操作技術ばかり追い求めたり、表面的な情報ばかり集めて大切な情報が埋もれてしまう事にもなりかねない。
だから常に「テーマを持って撮影する」ことが大切で、その自問自答や試行錯誤の中から本当に自分に必要なものや本質的なものが見えてくるのだと思います。

◆ テーマ分解
また、テーマには「テーマ分解」という手法があることも覚えておきましょう。
私の場合は「花の散り姿や枯れ姿」というものをモチーフにした写真を良く撮ります。
そのテーマは「生命の循環」や「本当の美しさ」のよなものです。
このテーマを分解して行くと、「生命の循環」を表現しようとした時にパッと思いつくのは「弱肉強食」とか「食物連鎖」のようなものかもしれませんし、例えば「季節のめぐり」などをそうしたものに見立てる事もできると思います。
その中で「季節のめぐり」であれば「ある場所の定点観測」や「草花の四季の表情」などのモチーフにまで分解できますし、もっと端的にと言うか象徴的なモチーフとして「花の散り姿や枯れ姿」というものが導き出せるかもしれません。
ただし私が花の散り姿や枯れ姿を撮るのは「生命の循環を表現したかったから」ではなく、その姿に強烈に惹かれる自分がいて「何故それに惹かれるのか」を自分自身に何度も問うてみて「そこに生命の循環や本当の美しさを感じるからだ」と言う一つの答えに行きついたからなのですが、これはどちらが先でも構わないと思います。
実際の写真展などでは「花の散り姿や枯れ姿」だけでは弱いかも知れないので、「生命の循環」や「本当の美しさ」をテーマとするならそれを表現するために他に何が必要となるのかを考えるためにもこの「テーマ分解」という手法は必要になります。もしくは集めた、選んだ作品がきちんとテーマに向かっているかを確認、考察するためにも。
一つ何かしらのテーマを見つける事が出来たら参考にしてみて下さい。

◆ テーマを見つけるのは簡単
テーマを見つけるのは意外と簡単です。難しいことではありません。
例えば私の「サクラ、人の気配と共に」というシリーズでは人間が自然に対して常に敵対し、傲慢な態度をとっているような言われ方をよくされていても、実は植物(自然)はとても強かでその人間を実に上手く利用して繁栄しているのだと言うこと、つまり人間がどんなに文明を進化させようと自然の大きな循環の中の一部にしかなりえないのだと言うことを伝えたいというのがテーマでそのために「桜と人の関係性」をモチーフとしています。
それが伝えられているかどうかは腕次第で、まだまだ未熟な私では表現しきれていないとは思いますが、そのテーマを見つけるのは難しくありません。
ただ自分が心惹かれるもの、そして自分自身や過去の作品たちと正面から向き合って、時にカメラを置いてゆっくりと思いを馳せる時間を作ること。
それだけできっと誰にでも見つけることができると思います。
私は花の中でも特に桜や花菖蒲などは人と一緒に撮るのが好きでした。最初は何故それが好きなのか分からなかった。ただそういうシチュエーションに心が惹かれただけ。
しかし「それに何故惹かれるのか」ということを自問自答していて少しづつ明確になってきました。大切なのは分からないからと向き合うことを止めないこと。
趣味で写真を撮っているということは既に何かに心動くことがあるという事ですから、後はそれが何なのかを明確に認識できるようにしていくだけ。簡単です。

◆ 最後に
私もまだまだテーマが定まらずに撮ってしまう事も多いですし、意味も意図もなく興味本位で撮り溜めたものの中から「あぁ、自分ってこんなことを感じていたんだ」と後で見返して改めて気付かされることも良くあります。
だから頭の中での考えや凝り固まったテーマとか概念だけで無く、何かが自分の感性に触れた時、意味もなく無性に惹かれるものに出会った時に「その思いの、感性の赴くままに撮る」というのもとても大切だと思います。
でもそればかりでは結局散漫な表現にしかなりえない。
それらを後でしっかりと見直すこと、常にテーマを探し求めて自分と向かい合うこと、それができたらきっと素晴らしい写真の世界が開ける、、、かもしれない(笑)
もちろん表現において「こうでなくてはいけい」という事はありません。
もしこの駄文が読んでくれた人のカメラライフがそうした方向に向かう切欠や、ほんの少しの参考、思考の助けになったら嬉しいです。

最後に私にとって写真とは、「本来自分しか知り得ないある一瞬の情景や感情などを他の人と共有、共感するためのもの」です。
「自分はこの瞬間にこう心が動いたんだ」ということを非常に端的に表現できる道具、それがスチルカメラでありその心の動きを誰かとほんの少し共有できたなら、、、
私が写真を撮り続ける動機、その根本はそうした想いにあるのだと思います。



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