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メインコンテンツ テーマの見つけ方 (2014-7-5 2:21:34)
テーマの見つけ方 以前にこちら でもテーマについて書いていますが、「見つけ方」という観点で整理してみたいと思います。 写真教室に通ったり、雑誌などで添削されると、必ずと言って良いほど言われるのが「テーマを持って撮影しなさい」とか「テーマが不明瞭」といっ ...
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トップ  >  レビュー・コラム  >  写真四方山話  >  マナーは技術。写真家として「環境を作る腕」。
マナー 技術
■マナーという技術
マナーというのを人への気遣いだと思っている方がみえるかもしれませんが、もちろんそれはその通りなのですが自分達のためでもあります。
よく「情けは人のためならず」と言いますが、正しく「マナーは人のためならず」です。
昔から良く言う事なのですが「良い写真を撮れる人とは良い環境を作れる人」なんです。
釣りで考えると分かりやすいですが、釣り場にテグス(糸)や針、ゴミなどを平気で捨てて行く人はトータルで見れば絶対に良い釣果は出せない。逆に掃除などをして環境を整える「釣り場を作れる」人間が良い釣りができるというのは分かり切った事だと思います。
写真でも同じで、マナーを守り撮影地とカメラマンの立場を守り、撮影環境を整え「撮影地を作れる」人間が絶対的に良い写真を撮れる人間なのは火を見るより明らかです。
それも技術、腕の一つ。

カメラの扱いや露出、構図はもちろん大切な技術ですが、他にも情報収集という技術が大切であるようにマナーという環境を作る技術も大切なのです。
つまりマナー違反をして撮影しているというのは「写真家として環境を作っていく腕が無い」、「マナー違反をしなければ良い(違いのある)写真が撮れない」というのを露呈しているようで非常に恥ずかしいですし、そういう人間は言うなれば精神性や社会性など全く考慮できない、ただの駄作量産機。そもそもその程度の人間が良い写真など撮れるわけもないのです。
少し厳しいかも知れませんがこれは自分自身への戒めの言葉でもあります。
マナーが守れないというのは人間性の未熟さでもありますが、写真家としてはイコール「腕の未熟さ」でもあるのです。
センスや経験と違ってマナーは長時間の努力が必要なものでもありません。
本を読む必要もなければ投資も必要無く、考え方を少し変えるだけで今からすぐに何の努力もなしに身に付ける事のできる技術なのです。
これを身に付けない手はないですよねぇ(笑)


■マナーの悪さが自分たちの首を絞める
先日、大阪で鉄道写真ファンの方が線路内に侵入して19本の電車の運行に支障をきたしたというニュースが流れていました。写真愛好家としては非常に悲しい話ですね。
もうここまで来ると「マナー違反」ではなく完全な「ルール違反」ですから、民事的な賠償だけでなく刑事的にも厳しく罰してもらいたいものです。
大阪の件は極端な例ですが、例えば観光地などで三脚を据えたカメラマンが長時間にわたって良場所を独占するなどは良く見かける光景です。
こういう事を繰り返しているとカメラを持っているだけで肩身の狭い思いをしなくてはいけなくなるし、こういう行為は自分で自分の首を絞めることに繋がると思います。
実際にイルミネーションで有名な「なばなの里」でも三脚禁止にされてしまったし、撮影の機会、幅を確実に狭めてしまっている現状が続いてしまっています。

時代の流れ、変化というのもあります。
デジタルになって写真という趣味がより身近なものになり、カメラマン人口も一昔前からは考えられないくらい多くなりました。
しかしカメラマンのマナーは悪くなる一方のようにも感じています。
悪質な人は全体の数%でしょうが、例えば同じ10%でも訪れるカメラマンが10人なら1人なので「その個人の問題」で済みますが、1000人訪れてその中の100人がとなればそれは「カメラを持っている人間の問題」になってしまいます。

多くの人がマナー違反をしていると「自分一人が守っても」と思ってしまうかもしれませんし、「人がやっているから自分もいいや」と考えてしまうかもしれませんが、1人がマナーを守って撮影していれば余程悪質な人でなければ自分も気をつけようと思うはずです。
人は流されやすいものですから難しいかも知れませんが、写真で何かを伝えよう、表現しようと考えるならば人に流されているだけではいけませんよね。
流される側の人間になるのか、自分をしっかりと持って環境を作っていける腕のある写真家になっていくのか、どちらの人間になりたいかという事です。
そうして一人一人がマナーやルールを守って、「カメラを持った人はマナーが良いから良いねぇ」というウェルカムな環境を作っていければ周囲も協力的になってくれて、結果として良い写真も撮りやすくなるし、周りの人間も気持が良い。誰も損をしないで良い循環が生まれる。
逆にマナーを守れない人が多くなれば周囲は非協力的になり、撮影スポットに行くだけでも障害を乗り越えなければいけなくなるしコストもかかりだす。良い写真も撮りづらくなるし、周りの人間も自分も気分が悪いという誰も得をしない悪循環が始まる。


■賢い人ほどマナーを守る
マナーを守る事が大切なのは当たり前の事ですが、それは優しいとか優しくないとか、常識的とかそうでないかとか、身勝手かそうでないかとか言う事以前に、「賢いか賢くないか」、「腕が有るのか無いのか」「表現者か流されるだけの人間か」という部分でもあるという事です。
私なら「頭も腕も悪いカメラ持ったただのオッサン」と思われるのは勘弁ですね(笑)
しかしマナーを守っていないという事は周囲からはそういう目で見られているという事で、自分で環境を壊して良い写真を撮りづらくしているのだという事を自覚すべきです。

「頭の良い技術も持った素晴らしい表現者、写真家」という目で見られながら良い写真も撮りやすくなる。しかも投資も努力もいらずに。
こんな夢のような話がマナーを守るだけで簡単に実現できるのに、何故やらない人がいるんでしょうねぇ???そういう人はやっぱり「ピー」が悪いのかな(笑)
もちろん人のためを思ってマナーを守れるのが一番ですが、自分のためにもマナーを守るのは有意義なことだと知りましょう。
撮影中に他人の捨てた煙草の吸殻一つ拾うだけで絶対に世界は変わります。
先ずはゴミ袋を一つ持ち歩き始めてみたら如何でしょうか?


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